キララちゃんと犬。

演劇と映画における演技の違いをデスノートと山ちゃんを使って考える。

演劇の演技

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舞台『デスノート

 

舞台版『デスノート』の一幕です。右が主人公の夜神月、左が死神リュークです。

舞台であることを一度忘れてください。冷静に見るとツッコミ所だらけの、不自然極まりない光景ではないですか?

 

「どこやねんここ!」「死神リューク、人間やんけ!」という風に…

 

しかし、普通はそんなこと思いません。「あ、これがこの物語のリュークなのね。」という感じで演劇を見ます。このように我々は演劇を見る時、目の前で繰り広げられる非現実的な光景を受け入れる体勢が自然に整っているのです。

 

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吉田鋼太郎「俺がリュークだ!!!!」

 

 

観客「オッケー☆♪」

 

って感じです。舞台を作る側は、いかに"受け身"の観客を非現実の物語に引きずり込むかが問われます。演劇は映画と違って、目の前で行われているので、いかに“目の前の現実”から“非現実の物語”に観客を引きずり込むが演劇の肝ということです。

 

作り手は観客の現実的な視線を吹き飛ばすために、手を替え品を替え工夫します。その中の重要な要素として、演技があります。舞台役者は観客の現実を忘れさせるために、声を張り上げ、縦横無尽に動いて、自分が物語の一部であるということを必死にアピールするのです。「俺は目の前の現実ではない!物語の一部だ!!」ということを観客に訴え続けます。 これが能動的な演技です。

 

 映画の演技

映画において物語を伝えるのは「映像」です。その中で役者が積極的に物語をリードする必要はありません。むしろ、状況に対して「リアクション」を取る事で、登場人物の心境を読み取ろうとする観客の想像力を刺激してあげるのが好ましいです。

 

真顔の実験

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こちらは月亭方正さんです。

なんとも言えない顔をしています。真顔に近いです。

この画像1枚だと、方正氏の表情の意味を読み取るのは難しいです。

 

では、次の画像の後に並ぶとどうでしょう。

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「マイホームの火事を途方に暮れながら見る旦那…」

「サイコな放火魔の犯行直後…」

 

など、この表情が意味するものが読み取れます。もし映像で火事の次の場面にこの表情が映されたらよりわかりやすくなると思います。

 

このように、観客は映画を見るときに、役者の感情を積極的に読み取ろうとします。なので、役者は感情を分かり易く演じ、アピールする必要はありません。これが受動的な演技です。

 

お分かりいただけただろうか?

下手な役者は、演劇の「能動的な演技」を映画でやってしまっていたりします。特に自主映画では本当に多いです。映画は受動的な演技が求められるので、役者は「基本的に何もしなくていい!」というモチベーションのほうが、演技が上手く感じますよ〜!

 

 

てな感じです。

よくわからねえ!!って人は、これ読んでください!!(汗)

 

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