キララちゃんと犬。

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「映像の世紀」が終わった。テレビも映画もオワコン。けど僕らはまだ映像を作っている。

映像はオワコン

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少し前の記事ですが、昨今の「映像」文化の終焉を予言してらっしゃいます。というかもう終わっている模様。確かに。

おそらく20世紀的な「映像」文化がかつてのような社会的機能を取り戻すことはないだろう。私たちは、マスメディアが社会を構成する時代、そして、その王者として君臨した映像文化がもっとも果敢に時代の感性を代表し、世代の共通体験となる神話を生んできた時代に「たまたま」生きてきた。しかし、その時代はいま、ゆっくり終わろうとしている。それは(個人的には少し寂しいことだが)、一つの表現のジャンルが成熟し、社会の変化に応じてその役割を変貌させたにすぎない。

記事によると、「映像」というメディアが王様の時代は終わり、紅白やスターウォーズに代表される今の「映像」文化は、かつての王様時代の栄光の思い出を温め直しているだけ。決して新しい文化を生み出そうとはしていない。

 

ch.nicovideo.jp

こちらではより詳しく、「映像の世紀」がいかにして終わるかが解説されています。「映像」に取って代わるのが「魔法」です。なんや魔法て。

つまり、インターネットによって、パーソナルでインタラクティブで直接的な表現が可能になり、テレビや映画のように「1:マス」のコミュニケーションは終了したということです。

 

フィクションの力もなくなった。

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インターネットの登場によって、フィクション=虚構は力を失い、それに準ずる表現=映画、ドラマなどはもはや旧世代の表現になったのでは・・・。という。

理由はおそらく単純だ。情報技術の発達により私たちは面白い現実にアクセスするコストが激減したからだ。YouTubeを数秒検索すれば私たちは瞬時に、そして無料で世界中の驚くべき現実をとらえた映像を無数に鑑賞することができる。気がつけばハリウッドのヒット作が軒並みアニメと特撮になっているのも偶然ではない。もはやフィクションの映像とは現実には存在しない世界を描くための役割しかなく、現実の面白さをとらえる装置としての劇映画は旧世紀の表現としてその役割を縮退させているのではないか。

確かに合点がいきます。というか実感している人も多いと思います。フィクションより現実の方が面白いことになっちゃった。殺人事件を扱ったサスペンス映画を見るよりも、「激ヤバ 凶悪事件ファイル」をネットで読みあさるほうが面白くなっちゃったのではないでしょうか。。。

 

 

でも僕はいま映像を作っている。

いまはしがない映像ディレクターですが、いずれは映画監督になりたいと思っています。なので自主映画の企画をしたりしているのですが、この「映像の世紀」が終わっている現実を踏まえると、負け試合に挑むような気持ちです。

 

映像の世紀」が終わったいま、どうすれば映像で感動を与えることができるでしょうか(泣)。

 

現時点で僕が思いつく「映像の生き残り方」は2つです。

  1. 完全なる虚構を作る。
  2. 映像を作ること自体を話題にする。

 

1、完全なる虚構を作る。

これは、もはや現実では見られないような光景を見せるということです。完全なる仮想世界を作り上げ、物語を繰り広げる。これなら、現実の面白さに負けません。

 

例えば、昨年熱狂的ブームを巻き起こした『マッドマックス 怒りのデスロード』。

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生身の人間が演じているのですが、その制作過程ではビジュアルボードと呼ばれる、まるでアニメの絵コンテのようなものが使用され、それ通りに人間を配置しています。こうした徹底した画作りこそが仮想世界を作り上げ、観客を没入させることが出来るのではないでしょうか。

 

ただし、相当な制作費が必要なので、我々映像弱者にはちと厳しいかもです。

 

2、映像を作ること自体を話題にする。

これこそが我々映像弱者が実践すべきことです。

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『孤高の遠吠え』は、リアルな不良の世界を描いた自主映画なのですが、なんと実際の不良たちが役者として出演しているのです!この問題作はゆうばり国際映画祭で入選し、映画秘宝の年間ランキングにも入りました。

 

この映画、映像的にはYoutubeで流れている程度のクオリティなのですが、映像の綺麗さよりも、実際の不良が演じているという現実としての面白さが話題になり昇りつめました。ここから分かるのは、完全なる虚構になりきれない映像なら、現実的な面白さ=話題性に舵を切った方が賢明かもしれないということですね。

 

なので、映像技術を磨くことに越したことはないのですが、それよりも、どうすれば映画に話題性を持たせられるか、どうすれば”バズる”のかを考えた方がいいかもしれません。映画もバズる時代です。

 

例えば他にも、リアルナンパ記録映画『テレクラキャノンボール』も事件性があってバズりましたし、

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園子温がラップミュージカル!?」の『TOKYO TRIBE』もその話題性でを価値を勝ち取ったのではないでしょうか。

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まとめ

映画監督、もしくはプロデューサーは、映像の面白さを担保するよりも、その映像を作ることの面白さを担保しなければならない時代になりました。そう考えると、毎日映像で話題を振りまくYoutuberはすごいですし、映画業界は彼らに敗北しかけているのかもしれません。。。