キララちゃんと犬。

無修正にモザイクをかけたい。

どうも。たろうくんです。

 

突然ですが、AVの話をします。(これってはてなブログ的にヤバいのか…?)僕は男なので、AVを観たりします。そんなに頻繁ではないことを強調したいです。

 

 

 

初めてAVを観たのは中学1年の頃です。年が5つ離れた兄の部屋で発見した”VHS”を夜な夜なこっそり拝借。家族が寝静まったことを確認して、息をのんでそれを、”The thing”を、リビングのビデオデッキに入れました。

 

 

 

震えながら手に取ったリモコンで再生ボタンを押すと、自分の想像をはるかに超える光景が映し出され、唖然とした僕の顔はピンク色の灯りに照らされました・・・。

 

 

 

 

 

性の目覚めです。

あの日以来、AVを見るようになったのですが、最近AVに対して思うことがあります。

 

 

 

 

 

 

 

モザイクかけろ!

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非合法的に無修正のAV(俗にいう裏DVD)が、ネットで出回っていたりしますよね。これは僕の肌感覚でしかないのですが、ネットが普及して以来、無修正モノが多く出回り、且つ、普通のAVより人気を博しています!ランキングの上位でよく見かけますもん!!み、見ませんよ決して!!!

 

 

 

もはや同じAVなら無修正の方が価値が高いという風潮です。無修正のものにはそれだけ希少価値があるのかもしれませんが、それ以上に、より過激な情報を求める現代人の欲求が、その価値を高めているのではないでしょうか?

 

 

 

 

以前、フィクションの価値が下がっているという記事を書きました。

createmovie.hateblo.jp

 

AV業界でも、作り上げられたエロより直接的で身体的なエロが要求されるようになりました。SODの登場やストリーミング動画による気軽な早送り・スキップによって、本番に至るまでのストーリーなどのフィクション的要素は重要ではなくなり、より噓偽りようのない身体的な要素=本番行為のシーンが重んじられるようになったのではないでしょうか?

 

 

そして、その際たる例が無修正です。モザイクは想像を掻き立てるフィクショナルな要素だったのですが、無修正はそれが消え、とことんなまでにリアルな表現を突き詰めています。

 

 

 

つまり無修正のAVは、現代人のリアル欲求を満たす、ノンフィクションの身体エンターテイメントです。

 

 

 

無修正アイドル=AKB48

数多く言及されているように、AKB48は「ライブ」より「ライフ」を売るアイドルです。彼女たちは自分たちのリアルな人生を切り売りしています。

 

 

 

AKB48の総選挙はアイドルの生命線である"人気"を可視化し、彼女たちのアイドルとしての価値(誰に優り、誰に劣るのか)を決定づけます。彼女たちは傷つきながら、総選挙での人気を獲得するために、日々のアイドルライフを送るのです。

 

 

 

アイドルの"人気"までも無修正にし、リアルアイドル物語をエンターテイメント化している。それがAKB48です。

以降、同じようなタイプのグループが沢山出てきました。

 

 

 

こうした、リアルが求められる時代。

かつて言われていた「アイドルはうんちをしない」のようなフィクションは求められません!

 

 

ライフを売るブロガー 

フィクションの価値が低下し、面白いリアルが価値を得ていることは、ネット業界にも影響しているはずです。

 

 

 

私のブログにおいても、人気が高い記事が当ブログのPV数を公開した記事です。たぶんどのブログもPV数、そして収益率の公開記事がかなりのキラーコンテンツになっていると思います。

 

createmovie.hateblo.jp

 

 

AKB総選挙と同じで、ブログも人気商売ですから、その人気を可視化し、リアル化したPV数はやはり気になるのでしょう。

 

 

そこにフィクショナルなエンタメ要素は存在しない!!!!!!

 

 

 

無修正エンターテイメントを楽しむ残酷な消費者

AV女優にしろ、アイドルにしろ、ブロガーにしろ、モザイクなしの無修正エンターテイメントが好まれる時代です。確かに、確かに面白いのかもしれません。

 

 

 

しかし我々は普通は見れない他人の人生をエンターテイメントとして消費することの残虐性を自覚しなければならないと思います。さらけ出された恥部、人の価値、人のお金などを安全圏から覗いて楽しんでいるのですから、それはもう残酷ですこと。

 

 

 

 

現代人はどこにモザイクをかけているのだろう。

リアルなエンターテイメントか求められる時代ですが、人間がフィクショナルな世界を求めていないなんてことは、あり得ないでしょう!

 

 

 

いったいどこにフィクション=モザイクをかけているのでしょうか。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

ちょっと考えます。。

 

 

 

このブログのテーマは映画です!総合芸術である映画を考えるのであれば、これからの芸術・エンターテイメントの在り方を見つめ直す必要があると思い、こんなこと書いてます!!!